医師の働き方改革が2024年開始!
罰則やタスクシフト/シェアについてわかりやすく解説
2024年4月に施行された医師の働き方改革により、医師の時間外労働上限規制が適用され、追加的な健康保護措置を取ることが法律で義務付けられました。本記事では、今回の医師の働き方改革の背景、法改正後の変更点、医師の働き方改革における注意すべきポイントまで詳しく解説します。
2024年4月開始の医師の働き方改革とは?
2024年4月開始の
医師の働き方改革とは?
2024年4月に施行された医師の働き方改革は、医師の健康を守り、長時間労働を改善するための法改正です。2019年から働き方改革によって改正された労働基準法に基づき、さまざまな業種で時間外労働に上限が設けられるようになりました。
その中で、運送業、建設業、医師は準備期間として5年間の猶予が与えられ、2024年4月1日から時間外労働の上限規制の運用が開始しました。この改革は、医療の質を保ちながら効率的な医療提供体制を確保することを目的としています。
医師の働き方改革が行われる背景
医師の働き方改革が行われる背景には、医師の過重労働と、それに伴う健康被害が深刻な社会問題になっている現状があります。厚生労働省の「令和4年 医師の勤務実態について」の調査によると、年間換算で休日や時間外労働が960時間を超える医師の割合が全体の21.2%、1920時間を超える医師が全体の3.7%であることが明らかになりました。
医師の過労は、患者への医療サービスの質を低下させるだけでなく、医師自身の健康リスクを高め、最悪の場合、医療事故の原因となることもあります。さらに、少子高齢化に伴い医療需要が増加する中で、医師の健康を守りつつ労働環境を改善することが求められています。
医師の働き方改革を実施する上での課題
医師の働き方改革を実施する上での課題について、令和4年に厚生労働省が実施した「勤務医に対するアンケート調査の結果について」をもとに紹介します。
医師不足
医療機関では、医師不足により様々な問題が発生しています。
・当直のシフトがギリギリで回っており、当直明けにも帰宅できない
・診療業務の特性から低賃金で働いている
・常勤医師の不足により一人当たりの拘束時間が長い
・診療科ごとに医師が偏在している
働き方改革により労働時間の上限規制が導入されると、医師の勤務時間が削減されます。これにより、医師が不足している医療機関では患者対応が難しくなるリスクがあります。
また、地域医療においては、都市部と地方部での医師の偏在が深刻であり、地方の医療機関では働き方改革を進めることが特に困難です。さらに、新たな医師の採用が困難な病院では、医療サービスの質が低下する恐れもあり、専門医や経験豊富な医師の不足によって特定の医療サービスの提供が難しくなる可能性も考えられます。
医師への業務集中
診察や治療といった本来の業務以外にも様々な業務を抱える医師の現状を改善しない限り、医師の働き方改革の実施は難しいでしょう。現場の医師は働き方改革を進めるうえで、下記の点をハードルに感じています。
・勤務医の業務量が減らない限り、働き方改革の実現は難しい
・外来クラークの不足により、医師の書類作成業務が増加している
・シフト制の導入により、給与が減少することへの懸念がある
・労働時間の短縮が求められる一方で、業務の他業種への分担や効率化が進んでいない
雇用管理に対する懸念
雇用管理に関して、給与の支払いや自己研鑽と見なされる業務に対する線引きの曖昧さを不安視する声が上がっています。
・給与が支払われない時間外勤務が発生している
・休憩を取ることに対して過度なパワハラやセクハラが存在する
・時間外に行われる会議や研修が多い
・病院や大学から業績を求められるプレッシャーがある
・ポストを得るために業績が必要だが、その作業時間が自己研鑽と見なされる
周囲の理解度の低さ
病院や患者、家族が医師の働き方改革を十分に理解していないため、次のような問題が生じることに課題があります。
・病院からの圧力で自己研鑽などの名目で時間外勤務として認められないケース
・協力的でないコメディカルスタッフにより、医師の業務負担が増える
・患者や世間からの業務に対する要求が増えている
・患者やその家族が医師の働き方改革について十分に理解できていない
このように、医師の働き方改革には多くの課題が伴います。これらを乗り越えるためには、医療現場の現状を理解し、各医療機関が効果的な対応策を講じることが不可欠です。
医師の働き方改革の3つのポイント
医師の働き方改革の
3つのポイント
2024年4月にスタートした医師の働き方改革のポイントは、主に次の3つです。
1. 時間外労働の上限規制
2. 医療機関勤務環境評価センターの設置
3. 追加的健康措置
以下では、それぞれのポイントについて詳しく解説します。
時間外労働の上限規制
時間外労働の上限規制は、医師の働き方改革の中でも最も注目されているポイントの一つです。この改革では、年間の時間外労働の上限が960時間以内、月あたり100時間未満に設定されました。一般の業種では、時間外労働の上限は年間720時間ですが、医療の公共性や医療提供体制の維持を考慮し、医師には特別な上限が設けられています。
さらに、特定の医療機関では、上限が年間1,860時間まで緩和されており、通常の年間960時間を超える時間外労働が許容されています。具体的には、医師の臨床経験年数や医療機関の特性に応じて医療機関をABCの3つの水準に分類し、B水準とC水準の医療機関では時間外労働の上限が年間1,860時間となっています。詳細は以下の通りです。
時間外労働時間の上限まとめ
医師の時間外労働時間の各水準の上限をまとめると、下記の通りです。
医療機関に適用する水準 |
年の上限時間 |
月間の上限時間 |
A水準(一般労働者と同程度) |
960時間 |
100時間未満 |
連携B水準(医師を派遣する病院) |
1,860時間 (※2035年度末を目標に終了) |
100時間未満 |
B水準(救急医療等) |
100時間未満 |
|
C-1水準(臨床・専門研修) |
1,860時間 (将来に向けて縮減方向) |
100時間未満 |
C-2水準(高度技能の修得研修) |
100時間未満 |
参照:厚生労働省「医師の働き方改革 ~医療を未来に繋ぐために~」「医師の働き方改革」
各水準の基準のまとめ
なお、医療機関に適用する各水準の基準は、下記の通りです。
医療機関に適用する水準 |
対象 |
A水準(一般労働者と同程度) |
2024年度から診療に従事する勤務医が対象 |
連携B水準(医師を派遣する病院) |
B水準の病院へ医師を派遣する医療機関が対象 |
B水準(救急医療等) |
3次救急病院や、年間に1,000台以上の救急車を受け入れる2次救急病院などが該当 |
C-1水準(臨床・専門研修) |
臨床研修医や専攻医の研修のため、やむを得ず長時間労働になる場合に適用 |
C-2水準(高度技能の修得研修) |
専攻医を卒業した医師が、高度な技能の修得のためにやむを得ず長時間労働となる場合に適用 |
医療機関勤務環境評価センターの設置
2024年4月から、医師の1年間の時間外労働の基本上限は、原則960時間です。1,860時間の時間外労働上限を設定するには、B水準またはC水準としての指定が必要です。これには医師の労働時間を短縮する計画を策定し、医療機関勤務環境評価センターからの第三者評価を受ける必要があります。
医療機関勤務環境評価センターは、医療機関における労働環境の適正化を図るために設立され、各医療機関の勤務環境を評価し、改善策を提案する役割を担います。このセンターの設置は、医療機関が自主的に労働環境を改善するだけでなく、外部からの評価を通じて、より透明性の高い労働環境の整備が促進されることを目的としています。B水準およびC水準の指定を受けるための手続きは、「医療機関勤務環境評価センターのウェブサイト」を確認しましょう。
追加的健康措置
月間100時間を超えて勤務する医師に対しては、追加的な健康保護措置を取ることが法律で義務付けられています。これには面接指導の実施や、必要に応じて労働時間の短縮、宿直の回数削減などの措置が含まれます。
これらの健康保護措置は、ABC水準のいずれにおいても必要であり、該当する医師がいる場合は2024年4月からこれらの対策が求められます。さらに、法改正により以下の措置が義務化されました。
追加的健康措置
医療機関に適用する水準 |
対象 |
連続勤務時間制限 |
連続勤務の時間制限を28時間に (労働基準法上の宿日直許可を受けている場合を除く) |
勤務間インターバル |
<通常の日勤後> 終業から次の勤務までに9時間のインターバルを確保 <当直明けの日> 宿日直許可がない場合:連続勤務時間制限を 28 時間とした上で、勤務間インターバルを 18 時間に設定 宿日直許可がある場合:終業から次の勤務までに9時間のインターバルを確保 |
代償休息 |
労働時間に対する同等の休息時間の確保 |
面接指導、就業上の措置 |
・当月の時間外・休日労働が 100 時間に到達する前に面接指導を行う ・医療機関の管理者は、面接指導実施医師からの報告及び意見を踏まえ、必要に応じて、就業上の措置を講ずる |
参照:厚生労働省「医師の働き方の推進に関する検討会 中間とりまとめ」
これらの追加的健康措置は、A水準では努力義務とされていますが、B水準およびC水準では法的に義務付けられており、医師の休息確保に関する取り組みが強化されています。
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医師の働き方改革における注意事項
医師の働き方改革における
注意事項
医師の働き方改革を進めるにあたり、下記の注意点を確認しておく必要があります
罰則が設けられている
医師の働き方改革では、時間外労働の上限規制を超えた場合に罰則が設けられています。これは、一般の企業と同様の罰則体系が適用され、医療機関が規制を遵守しない場合は、労働基準法に基づき、「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が課されます。
もし違法な時間外や休日労働が発覚した場合、労働基準監督署による是正勧告や指導が行われます。法令に違反した医療機関が公表されると、従業員や地域社会の信用を損ねる可能性があり、これが経営に深刻な影響を及ぼすことも考えられます。したがって、医療機関は単に法令を遵守するだけでなく、医療の質を維持しつつ、医師の健康を守ることに焦点を当てて、働き方改革の規定を遵守することが重要です。
時間外労働には賃金を割増しする必要がある
医師の労働環境の中で、多くの医師が過剰な時間外労働を強いられているにも関わらず、適切な残業代が支払われていない問題があります。今回の改革では、時間外労働に対する割増賃金率の引き上げが義務付けられています。大企業では既に法定割増賃金率の引き上げが実施されており、2023年4月からは医療業界を含む中小企業にも適用され、月60時間を超える時間外労働には「50%以上の割増賃金率」の適用が求められます。
医療法人や個人開業医などの場合も、その規模に応じて大企業または中小企業として区分され、法定割増賃金率の引き上げが適用されます。医療法人において中小企業の範囲は、「出資金が5,000万円以下」または「常時使用する労働者数が100人以下」で定義されています。
医師の働き方改革を進める上で医療機関側に求められること
医師の働き方改革を進める上で
医療機関側に求められること
医師の働き方改革が進む中で、医療機関側には具体的な取り組みが求められています。以下では、医療機関が取り組むべき主要なポイントを解説します。
労働時間短縮計画の作成およびレビュー
医療機関において、まず必要となるのが労働時間短縮計画の作成です。具体的には、労働時間、労務・健康管理、医療機関内の意識改革や啓発、労働時間短縮のための取り組み(タスクシフト/シェア、業務の見直し、ICTの活用など)に関して、前年度の成果、当年度の目標、及び計画期間の目標を明記することが求められています。
また、前述の通り、B、連携B、C水準の認定を受けようとする医療機関は、都道府県の指定を得るために医療機関勤務環境評価センターからの第三者レビューを受ける必要があります。このような計画とレビューのサイクルを通じて、医療機関全体の労働環境を継続的に改善していくことが求められます。
労務管理システムの導入による労働時間の把握
システムによる客観的な労働時間管理の導入や、時間外労働の申請手続きを明確にすることで、適切な労働時間の管理が可能になります。特に、医療現場では緊急対応が求められることが多いため、正確な労働時間の記録が重要です。現在、医師が自己申告に基づいて労働時間を管理している場合は、勤怠管理システムを導入することを検討しましょう。
また、未締結の場合には、労働基準法に基づく36協定の締結と届出が必要です。36協定は、法定労働時間を超える労働を認めるための協定であり、これを締結しなければ、時間外労働を行うことが法的に認められません。したがって、医療機関は労務管理を徹底し、適切な労働環境を確保するための法的な手続きを怠らないことが求められます。
タスクシフト/シェアの推進
医師の働き方改革を成功させるためには、タスクシフト(業務移管)およびタスクシェア(業務の共同化)の推進が不可欠です。具体的な例として、下記が挙げられます。
職種に関係なく適用可能なタスクシフト/シェア
特定の資格がなくても進められるタスクシフト/シェアを紹介します。
・クラークなどの事務職の増員により、医師が行っていた書類作成やデータ入力の業務を分担
・患者の院内移送や誘導
・定型的な検査説明や同意書の受領
・院内での患者移送と誘導
看護師に適用可能なタスクシフト/シェア
看護師は従来から医師の診療補助を行っていることから、以下に挙げる業務を担当することができます。
・特定の医療行為(持続点滴時の薬剤量の調節、人工呼吸管理、中心静脈カテーテルの挿入作業など)の実施
・プロトコールに従った薬剤投与や採血
・救急外来での医師の事前指示に基づく採血と検査
薬剤師に適用可能なタスクシフト/シェア
薬剤師は、以下に挙げる業務を担当することができます。
・合意されたプロトコールに基づく処方薬の投与量調整
・薬物療法の説明
・医師に対する処方提案や支援
・自己注射の技術指導など
医師の働き方改革におけるQ&A
医師の働き方改革におけるQ&A
医師の働き方改革が進む中で、医師や医療機関にとって気になる疑問や質問がいくつか浮かび上がっています。ここでは、医師の働き方改革に関連するよくある質問に対して、分かりやすく解説します。
アルバイト・副業として働く医師にも労働時間の上限規制が当てはまるのか?
アルバイト・副業として働く医師にも
労働時間の上限規制が当てはまるのか?
時間外労働の上限規制は副業やアルバイト先での労働時間も合算されて適用されます。このため、医師自身が労働時間を把握し、上限を超えないように管理する必要があります。
また、医療機関側もアルバイトや副業を行う医師の労働時間を確認し、適切な範囲内で勤務を許可することが求められます。
研鑽は労働時間に累積されるのか?
医師の研鑽に関しては、その内容や実施時間によっては労働時間として累積されることがあります。次のような時間は、労働時間として扱う必要があります。
・診療の準備、診療に伴う後処理として不可欠な手技の練習
・上司の指示により就業を命じられた業務
・業務上必要な症例研究や論文作成
・仕事の一環として参加が義務付けられている研修や教育訓練
本人の自由意思で行われ、業務上必須ではない研鑽を所定労働時間外に上司の指示なしで行う時間は、労働時間には含まれません。
宿直は労働時間に累積されるのか?
医療機関が労働基準監督署から「宿日直許可」を受けている場合、宿日直の勤務時間は労働時間に含みません。宿日直許可の基準には、十分な勤務間インターバルが取れることや、緊急患者の対応が稀なケースです。この許可を得ている場合、宿日直は休息時間とみなされるため、勤務医は時間外労働の総時間を減らすことができ、副業での宿日直勤務が容易になります。
医師の宿直における労働時間の扱いは、勤務条件の一環としてしっかりと理解しておくことが大切です。
まとめ
まとめ
2024年4月から始まった医師の働き方改革によって、医師の年間労働時間が960時間、月間労働時間が100時間未満に制限されます。特定の医療機関では、上限が年間1,860時間まで緩和されていますが、段階的に縮減される方向です。さらに、医師の健康を守るための追加的健康措置が義務化されました。
医師が健康的に働ける環境を整えることは、医師自身だけでなく、患者や国民に対しても高い質と安全な医療を提供するために重要です。持続可能な医療体制を維持していくためには、医師自身の意識改革や法的な整備だけでなく、医療機関の取り組みや他職種との協力、患者の理解も必要です。
監修医師のコメント
医師の働き方改革が実際に稼働し、実効性については地域、医療機関、診療科によって大きなばらつきはあると思いますが、過去の勤務制度改革に比べると罰則規定がある事もあり、多くの医療機関でかなり進んだ議論が行われているようです。ただし、その性で様々なしわ寄せができている事も事実です。これまで医師のボランティアに支えられてなんとか保たれていた医療構造が、この改革ではっきりと明示されてしまったといっても過言では無いと思われます。数年はゆがみをはらんだまま制度改革が進んでいくものと考えます。
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監修者情報
監修:郷 正憲
【経歴】
2011年3月香川大学医学部医学科卒。
同年4月より徳島赤十字病院で初期臨床研修、2013年4月からは徳島赤十字病院麻酔科に所属。 保有資格に日本救急医学会ICLSコース認定ディレクター、日本麻酔科学会認定医・専門医
【免許・資格】
日本麻酔科学会専門医、ICLSコースディレクター、JB-POT
【著書、論文】
看護師と研修医のための全身管理の本
【所属】
徳島赤十字病院
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